こんにちは、Ayakoです。何事もなく日々平穏に暮らせるのはありがたいことです。私も平穏に暮らしていましたが、ある時突然障害は発覚しました。そんなことになってしまったら、誰もが愕然とすることでしょう。そして、今まであった日常がガラリと変わってしまいます。
双極性障害になる前、私は結婚をし、穏やかで幸せな生活を送っていました。第一子となる娘も産まれ「人生の絶頂」ともいえる時期に、障害に悩まされることになったのです。双極性障害は、私を苦しめました。しかし今振り返ると「過去の辛い経験があって今がある」と思えます。今回のコラムでは「辛い経験は決して無駄とならない」ということを、皆さんにお伝えしたいです。
壮絶な出産の後、身も心もボロボロになった赤ちゃんとの生活
双極性障害になる前、私は赤ちゃんと新しい生活を始めたばかりで、毎日慌ただしく生活していました。出産がかなりしんどかったので、体調が戻るまで時間がかかったことを覚えています。しかし、育児は待ってくれません。育児がスタートして、身も心もボロボロの状態になってしまいました。壮絶な出産のせいで、トラウマになってしまったほどです(そちらについては、以下の記事に書きました)
出産の際は里帰りをしていたので、自分の母親に家事を任せていました。「家事をしなくていい」唯一それだけが救いでした。私は、もともと赤ちゃんが嫌いという訳ではありません。しかし、どう接すればいいのか分かりませんでした。ただただ「赤ちゃんが泣いてる」「何で泣いてるの?どうしよう」とばかり考えてオロオロしてしまいます。正直に言うと「赤ちゃんが可愛いと思える余裕などなかった…」このように記憶しています。
友人の両親の不幸がきっかけで、考え過ぎで夜眠れなくなった
慣れない生活で慌ただしく過ごしていた私。そんな時、双極性障害の症状が現れる前触れが起こります。それは、実家でテレビをみていた時のことでした。友達の両親のショッキングな事件を見て、顔面が蒼白しました。「お願いだから人違いであって欲しい」そう願いました。しかし、他の友達から「ニュース見た?」というメールをみて、「やっぱり間違いではないんだ。」と現実に引き戻されました。
その後「こんなショッキングな事件が自分の身に起きたらどうしよう…」と思うようになり、心配のあまり夜眠れなくなってしまったのです。
「眠れないけど、赤ちゃんにおっぱいをあげないと…」毎日をほぼ義務感で過ごしていました。「眠りたいけど眠れない」「食べるのも喉に通らない」本当に限界の状態が続きます。そんな状態を見て、医者である姉に「心療内科の先生に見てもらい、薬を処方してもらいなさい」とアドバイスを受けました。すがる思いで、姉の紹介する心療内科に行ったのを思い出します。
当時の主治医は「出産直後でホルモンバランスも崩れてる状態の時に、不幸が起きてしまった。それでは病気が起きてもおかしくない」と分析しています。そして「抗うつ薬、睡眠薬など」を処方してもらい、私はようやく眠ることができました。眠ることができて本当に嬉しかったです。この日から、徐々に日常を取り戻すことができました。
自分が双極性障害であることを友人にも言えない日々
自分が双極性障害であることは、大学時代からの親しい友人にさえも言えませんでした。当時、よく友達とランチに行ってました。1日3回朝、昼、夜と服薬するのですが、抗うつ剤を飲んでるとは言えず、貧血の薬と言っていました。自分が、双極性障害であることを、誰にも気付かれることなく過ごしていたのです。
障害を受け入れられない日々、それは必要な経験となる
自分が障害を持つことになり「ショックでなかなか受け入れられなかった」というのが率直な感想です。「なんで私が?」とばかり思っていました。障害を負ってしまったことに「なぜ?」と問い詰め、自分を責めていました。「もう少し精神的に強かったら、ここまでダメージを受けてなかったのではないか」そう責め続けていたと、当時を振り返ります。
今は、そうではありません。病気を受け入れて「成長した」「強くなった」そう感じています。「辛い経験がないと、人に寄り添うことができないし、人に優しくなれない」そう思います。私は1人の女性であると同時に母親です。子供を育てる義務があります。病気の辛い経験は、今生きています。人生無駄な経験など1つもありません。
この記事を読んでる皆さん、苦しんでる方もおられるかと思われます。苦しんだ分だけ明るい未来があることを声を大にして言いたいです。